「タイムカードは0時に打刻して、そのまま朝5時まで働くのが週3回はありました。月の残業時間が200時間を超えたとき、もう生きているのか死んでいるのか分からなくなっていた」
— Mさん(25歳・男性)・IT業(Web制作会社)
「Webで稼ぐ力をつけたい」——スキルアップ目的で入社
デザインが好きで独学でHTMLを学んでいたMさんは、23歳でWeb制作会社に就職した。「実案件でスキルを磨きたい」という動機で、給与よりも経験を優先した入社だった。
最初の半年は充実していた。毎月新しい案件を経験し、デザインの引き出しが増えていった。しかし受注が増えるにつれ、深夜残業が常態化していった。
深夜2時帰宅が「早い」——限界を超えたデスマーチ
入社1年を過ぎた頃、受注案件が増えたにもかかわらず人員補充はなく、一人あたりの業務量が急増した。深夜2時帰宅が「今日は早かった」と言える職場になっていた。
「タイムカードは「23:59」に打刻する決まりがあった。それ以降の時間はノーカウント。土日の出社も当然ノーカウント」
月の実労働時間を手帳に記録していたMさんによると、最多月は260時間を超えた。公式の残業時間は「40時間以下」だった。
睡眠時間は平均4時間を切り、食事は一日一回のコンビニ飯だけという日が続いた。体重は3ヶ月で8kg落ちた。
休日の朝に倒れて、初めて「限界」を認めた
ある土曜日の朝、自宅で立ち上がろうとしたら足に力が入らず倒れた。救急車で運ばれ、過労による低血圧と診断された。
点滴を受けながら「ここを辞めなければ死ぬかもしれない」と初めて思った。退院した翌朝、退職代行に連絡した。
残業代70万円を回収し、「人間として生きている」感覚が戻った
記録していた手帳と会社のメール履歴(深夜のメール送信記録)が証拠となり、未払い残業代として約70万円が振り込まれた。
3ヶ月の療養後、Mさんは別のIT企業に転職した。残業は月平均15時間。「これが普通の職場だと知らなかった」と話す。
今でも深夜に仕事の夢を見ることがある。「記録を残していたことが全てを救った。スマホの写真でもメモでも何でもいい。自分を守る武器になる」
Mさんからのメッセージ
「限界を超えてから行動するのでは遅すぎます。「おかしい」と思った時点で、勤務時間の記録を始めてください。倒れてからでは取り戻せないものがある」
